【書評】伊藤秀樹著『高等専修学校における適応と進路—後期中等教育のセーフティネット』
日本キャリア教育学会 ニューズレター 第096号(2018.1.12発行)http://jssce.wdc-jp.com/committee/information_comm/nl96/
キャリア教育についての心理を知りたい、とはこの領域の研究に携わる我々が共通して持つ欲だと思う。そのため、アンケートデータ等を以て、一般化可能な知見に回ろうと日夜努力するのもまた我々のならいだ。しかし、キャリアが多分に個別性や一回性にまみれていることを思い出すとき、統計的に把握しようとすると見過ごしてしまうような少数の者たちに思いをいたすことがあってもよいように思われる。
「高等専修学校という学校種の名称を耳にしたことがあるだろうか」との問いかけで始まる本書は、「非主流の後期中等教育機関」の中でも高等専修学校に焦点を絞りながら、困難を抱えた生徒たちの学校適応と進路形成を支える実践と、その中で新たに直面する困難を描き出している。
定時制高校・通信制高校・高等専修学校・サポート校といった「非主流の後期中等教育機関」になぜ着目するのか(第1章)、そうした各学校種の実態はどうなっており(第2章)、どのようなものを受け入れているのか(第3章)を整理したのち、高等専修学校Y校の事例研究に入っていく(第4章~第8章)。その豊かな記述をここですべて紹介す載ることは筆者の手に余るので、その一端だけでも触れてみたい。「不登校経験者の登校継続」を扱った第5章では、対人関係によって不登校に陥った経験をもつ生徒たちが、今後はその対人関係によって投稿できるようになっていくメカニズムが描かれている。そこでは、過去の学校経験による「『痛み』の共有」や「自閉症生徒との共存」、「密着型支援」、「生徒間関係のコーディネート」が生徒の登校を支えることが詳らかにされる。本書が白眉なのは、こうした環境が登校持続にポジティブに作用する一方、Y校卒業後の環境とのギャップから早期離職・中退に加担しているおそれを視野に入れているからであろう。その点に関する考察は、ぜひ本書を手に取って確認してほしい。
書評といえば、最後に当該書籍の限界を指摘するものが多い。ただ、本書の書評の最後に申し添えるのに相応しいのは、自身が取り組んできた研究の中で何を見ずに済ませてきたかという己の限界を省みることの大切さを本書は教えてくれるということだろう。
なお、著者が自身のキャリアを振り返り、出身大学の後輩に向けたコラムがウェブ公開されている(2017年12月末日現在)。本書と併せて御覧になることをお勧めしたい。
『理科一塁から文系研究者へ:まったく予想していなかったキャリア』
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/agc/news/71/change.html
(国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター 立石慎治)
【東信堂 本体価格4,600円】