『自治体行政と地域コミュニティの関係性の変容と再構築 ―「平成大合併」は地域に何をもたらしたか』(コミュニティ政策叢書)
(A5、336頁、4200+税)
コミュニティ政策18 丸山真央(滋賀県立大学人間文化学部教授)より
平成の大合併が終了して10年。合併した地域でしばしば「行政との距離が遠くなった」という声を聞く。本書は、こうした声を生みだすものが何なのかという問いに正面から向きあい、自治体行政と地域コミュニティが組みあう現場と歴史に分け入って明らかにする。
まずは内容を大づかみに見よう。自治体行政と地域コミュニティの関係性は、これまで行政学や社会学の分野で研究されてきた。著者は研究史を概観して、公共的な役割分担をめぐる両者の守備範囲には曖昧不分明な「境界領域」が存在し、それは「固定的でなく動態的」なものであるとの仮説を得る。そのうえで、「両者の役割分担のあり方を最適に調整・形成するための対話のしくみやプロセスの体系」として「境界領域マネジメント」に注目する。そして、各市町村で培われてきた境界領域マネジメントに変化をもたらすものとして市町村合併を位置づける(第1章)。
本書で事例とされるのは、2006年に1市3町合併で誕生した岩手県花巻市である。まず、「境界領域マネジメント」が具体的に観察される場面として、住民が参加する市政懇談会に着目し、発言・応答の分析から、多分野にわたる「境界領域」の存在が示される(第2章)。また、境界領域マネジメントは合併前の旧市町ごとに異なっていたことが、行政・自治会関係者のインタビューから明らかにされる。その違いから、著者は4つの類型を設定する。すなわち、行政が設定する行政区が地域の自治会と人的に一体かどうかという、「接続の態様」の違い(融合/分離)と、集落が行政と直接対峙するか、より広域の小学校区などを通じてかという「接続レベル」の違い(集落単位/広域単位)、これら2軸からなる4つの類型である(第3章)。自治会長等への質問紙調査を分析すると、この4類型は「行政との協働意識」などの違いにもみられるという(第4章)。
では、その違いを生みだしているものは何か。著者は、歴史学の村落二重構造論を手がかりに、明治・昭和の大合併の経緯に分け入る。その結果、明治の大合併で近代町村がつくられる過程が、先の「接続の様態」に影響していることを発見する。また、昭和の大合併後に旧町村の枠組が温存されたかどうかという経緯が「接続のレベル」に影響を与えていることをつかむ。つまり、先の4類型とは、明治と昭和の合併による歴史的所産であったというわけだ(第5章)。
このように歴史的に形成されてきた異質な地域性の4市町が、平成の大合併で出会い、ひとつの花巻市となる。同市では、旧市町間の制度統一が急ぎ足でなされ、それによって様々な問題が生じているという(第6章)。それをどのように立て直すか。同市でアドバイザーを務める著者は、ワークショップなどの実践を重ね、それを踏まえて、合併自治体での境界領域マネジメント再構築のポイントを提言する(第7章)。
自治体行政と地域コミュニティの役割分担を調整する境界領域マネジメントは、明快な解がない以上、現場での不断のコミュニケーションによるしかない。だからこそ豊かな地域公共関係を生みだす「揺籃であり試金石」ともなる。にもかかわらず、平成の大合併は各地の蓄積を一気に崩してしまった。本書の最後に語られる平成の大合併の評価は厳しいが説得的である。豊富な境界領域を有する農山村地域こそ豊かな地域公共関係を生みだす可能性があるとの一筋の希望を示して、本書は閉じられる(第8章)。
本書の第一の成果は、平成の大合併に伴う自治体行政と地域コミュニティの関係の変化を、歴史的な経緯から一貫的に説明したことであろう。著者がいうように「『行政と地域の関係が遠のいた』『声が届きにくくなった』等の散文的な課題の指摘にとどま」っていた研究は、本書の分析枠組と知見を得て、今後大きく前進するだろう。
また、行政と地域社会の「境界領域マネジメント」を豊かなリアリティを伴って描きだしたことは、本書の主張を強固なものにしている。「バス停の雪かき」をめぐる行政と地域の相克をはじめ、多数の場面描写は、農水官僚から町役場に飛び込み20年以上にわたって基礎自治体の行政現場を経験した著者ならではのものであろう。同時に、そこにとどまらず、多数の関係者インタビューや質問紙調査の分析を通じて、自らの現場経験を相対化・普遍化していることも特筆されるべきであろう。さらに付け加えれば、現状分析にとどまらず、合併自治体のコミュニティ施策への具体的な政策提言までおこなっていることは、類書にない特徴である。
第三に、そしてこれが最大の成果であろうが、本書は自治体行政と地域コミュニティの「境界領域」とその「マネジメント」という研究の沃野を切り拓いた。それはこれまで自治体行政学も地域社会学もうまく踏み込めなかった研究のフロンティアであり、今後のコミュニティ政策研究の有力な研究フィールドのひとつになるだろう。
個人的に気になったことがある。ひとつは、境界領域マネジメントのアクターが行政職員と自治会関係者・行政区長に限定されていることである。たとえば自治体議会議員もアクターであろうが、本書ではほとんど言及されない。もちろん著者はこのことに自覚的であるが、そうした他のアクターに光を当てることで、本書と異なる構図が浮かぶ可能性はないだろうか。
また、本書では用語上、境界領域は「マネジメント」の対象とされるが、著者もいうように、「境界」は明確に線引きしにくい・できないものであるだけに、ガバメントとコミュニティの絶えざる調整や駆け引き、つまり政治の場でもあり、「境界領域ポリティクス」をみることも必要ではないか。境界領域の/をめぐる政治力学やその構造的背景の分析へと、本書を行政学から政治学へと展開させることを今後期待したい。
本書はコミュニティ政策研究に画期をもたらす成果として評価されるべきものである。それゆえ研究者に限らずコミュニティ政策に関心を持つあらゆる人に読まれること願う。