【書評】新藤 豊久著『大学経営とマネジメント』
IDE現代高等教育 No.590「学修成果の可視化」2017年5月号より
1. 大学行政管理学会の成果
2016年の大学行政管理学会の定期総会・研究集会はちょうど創設 20周年にあたり、創設のリーダーで初代会長であり、当時の慶應義塾大学塾監局長であった孫福弘氏を記念して慶應義塾大学を会場として開催された。私は都合により夜の懇親会に参加しただけだったが、会場を埋めた500人余の熱気は伝わってきた。
この大学行政管理学会の設立趣旨は、「プロフェッショナルとしての大学行政管理職員の確立を目指して」まずは『大学行政・管理』の多様な領域を理論的かつ実践的に研究することを通して、全国の大学横断的な『職員』相互の啓発と研鑽を深めるための専門組織」とされている。この20年間、大学を取り巻く社会環境は激変し、大学の在り方が問われ続けてきたが、大学行政管理学会はその役割を十分果たしてきただろうか。
私見では役割を果たしてきた部分もあるが、物足りない部分もある。全国の大学職員に、力量を高め課題を克服して行くためには研鑽を深める努力を重ねる必要があるとの問題意識はかなり普及してきたが、実際に各大学でそのような取り組みがなされ成果を上げているかという点では物足りない。もとより、それは大学行政管理学会だけに負わせられる課題ではなく、広く他の学会や研究会、関連する組織等で努力されなければならず、そのような横のつながりが形成されることにより取り組みはこれからも進化拡大していくだろう。
理論的かつ実践的な研究という点はどうであろうか。大学職員も研究をするのだという自覚を持たせ、様々なグループによる研究活動が行われ、報告書が発表されている。しかし全体としてはまだ学習活動に励んでいるという段階であり、研究成果が積み上がって、新しい知見が次々に展開されるという面では十分ではないと私には見える。そのような状況の中で、力量の優れた人は、論文発表を蓄積し、著書を刊行している。そのひとつが新藤豊久氏の「大学経営とマネジメント」である。
2.何が書いてあるのだろう
新藤氏は、女子美術大学で長く勤務したのち、2015年から実践女子大学学園理事を勤めており、昨年まで大学行政管理学会長だった方である。本書は、この10年ほどの間に『大学行政管理学会誌』『大学マネジメント』『私学経営』『教育学術新聞』に発表した論考をまとめたものである。
本書は4部構成となっており、第1部は「大学の成果とは何か」である。大学の成果とは、大学の卒業生や自らの教育や研究、事業活動を通して様々な社会の変革を促すことであり、社会を変えることである。ここでは著者がかねてから研究活動で追及してきた大学経営評価指標が紹介されている。大学経営評価指標は、12の大学使命群に分かれて、現状や達成度を測定するための全体指標のもとに、個別の指標へとブレークダウンされ、体系化されている。この指標は、大学のPDCAサイクルと結びつき、組織としての評価に役立ち、さらには大学が社会の変革をもたらす力にもつながる。
第2部の「大学経営とは何か」では、FDやSDを大学変革につなげるために、新しくUD(University Development)という概念(言葉)を提起している。現在FDやSDが様々に論じられ、取り組まれているが、教職員の能力向上の意味にとどまっており、大学改革を導き出すような概念設定がされてこなかった。これからは、大学の諸力を総合した大学力の向上につなげていくことが重要であり、定型的なFDやSDでは見えてこない、大学改革に必要な将来的な知見や構想力を培っていく必要がある。
第3部の「マネジメントとガバナンス」では、今日、強化されつつあるマネジメントに対するチェックや点検、規律、監督という機能や構造を持つガバナンスが問われているとして、マネジメントとガバナンスの関係を概念整理している。
第4部の「大学職員と経営マインド」では、マネジメントに参加する大学職員の流動化が、大学や組織に異文化の考え方や刺激を与える重要な役割を果たすこと、大学職員個人のマインドと組織のマネジメントが結び付くところに経営マインドが育成されることなどが述べられている。
3.期待されるさらなる展開
本書は、大学の要職にありつつ多忙な業務の中で研究活動を持続してきた新藤氏が、長年にわたる考察の成果を論述したもので大いに参考になり、共感する点も多い。今後の展開についての期待を付言すると、本書では理論中心の記述となっているが、大学経営評価指標やUDもすでに取り組んでいる大学があるのだから、その実践の状況と実践の成果について取りまとめていただけないものだろうか。大学職員の研究活動は、現場での実践と結びついて現実を変える力につながっていくという特徴があるのだから、そのモデルを若い職員のためにも示してい ただきたいと感じた。
(大正大学 理事長特別補佐・質保証推進室長/大学マネジメント 上杉道世)
【書評】新藤豊久箸『大学経営とマネジメント』
教育社会学研究 第100集 p.371より
著者は、図書館の司書を皮切りに、入試、就職、広報、教学事務、財務等多岐にわたる私立大学の経営実務に携わってきた。現在は、実践女子大の理事・学長室部長であり、法人経営・教学運営という大学経営の日本の柱の要を担う。大学において職員として生きてきた著者が、その実務経験において遭遇した大学の現実と課題、これに対する強い問題意識が著者を大学研究に向かわせ、論文集として本書を生んだ。その意味で画期的かつ重要な成果である。
一般社会は、大学における職員の重要性に気づいていない。大学職員の大部分が教職免許を持たず、従って教育の専門家としての訓練を受けていないこと、諸科学各分野の専門家であっても大学経営や大学に関しては素人であることを失念している。現実には、自らの分野に至る関心を集中させる大半の教員たちは、大学全体をひとつの有機的な組織として経営し、中・長期的に発展させることに無関心である。ところが従来の大学は競演会をはじめ教員が中心になって諸事を決定してきた。しばしばその決定は各分野間の縄張り争いの結果であり、大学を統合的に運営することを困難にし、改革を阻んできたといえる。近年の法制改革で学長のリーダーシップや社会への説明責任、経営の戦略性が強調されるようになってきたのには、このような現実が背景にある。そして、この変革を当事者として担うのがしかるべき知見と力量を持つ職員であるというのが著者の主張である。そのためには日常の雑務・ルーティンに埋没するところから経営者・準経営者として自らを高め、大学をダイナミックなシステムと捉え、改革を計画・実行することが必要であると。本書を校正する「大学の成果とは何か」、「マネジメントとガヴァナンス」、「大学職員と経営マインド」という四分野の論文集の通奏低音として聞こえてくるのは、職員自身が統合的・構想的なシステムとして大学を捉え、それを動かしていく力としての自らの職務とその成果を大きな視野から捉えることの大切さである。また、学生や社会全般の批判・期待に目を向ける必然性である。すなわち職員たちに自らのあり方に対する自覚を促す。
この目的のために、著者は自らが体験した大学の多様な業務の具体的な事例・実務には立ち入らず、大学の経営とその構造、内外に関する助言を期待して本書を手に取った大学職員は失望したり、著者が提示する大学の在り方と、日頃目にする現実との乖離に戸惑うかもしれない。しかし、ある意味でそれこそが著者の意図するところではないだろうか。教員たちの決定に従属的に従い、雑用をこなすことを当然とする多くの日本の大学職員たちに、著者は職員たちこそが大学経営の中核であり、それにふさわしい知見と実力の必要性を訴えているのだ。統合的・全体的に見ることの大事さ、職員自身が研究し声を上げることを本書で身を以って示している。
一方、本書は、現実的な問題の解決策を示唆するよりは、議論を促すものとして価値を持つように思う。例えば、「ガヴァナンス」について。「外部からの有為な意見を得る確率はどの程度であり、時間とエネルギーを無駄にしないためにはどうすればいいだろう?」、「チェック、けん制があるレベルを越せば、サイドブレーキを上げたまま走る車のようにオーバー・ヒートしてしまうのではないか?」、「大学の自律性と社会からの意見のバランスは?」等々議論されなければならない点は多い。その他、著者が扱うすべての分野でこれを現実のものとして捉えるためには議論されるべきことが多々ある。おそらくこの議論の活性化が著者の意図するものだろう。
本書では敢えて「論」を前面に押し出し、自らの経験を語ることを避けた著者であるが、その多彩で豊富な経験についてもぜひ、別の機会に語ってもらいたい。私自身のことで言えば、30年間の学長経験で最も苦労したことのひとつに、如何に「物言う職員チーム」をつくるか、そしてかみ合う議論が教職員共にできる風土をつくり上げるかということであった。いくら情報を共有しても本音で議論した結果、認識が共有されない限り改革の推進力は生まれてこないというのが実感である。同時に認識が共有されれば外部に対しても説得力が出てくるように思る。著者が提示する問題・課題に対し、私たち大学人全体がどのように議論を重ねていくことができるか、そのことで本書の価値も高められていくものと思う。
(至学館大学 学長 谷岡郁子 評)
【東信堂 本体価格2,500円】