IDE 現代の高等教育 No.604 2018年10月号 Book Review
福井文威著『米国高等教育の拡大する個人寄付』
日本の大学も米国の有名大学のように寄付金をもとに基金を形成し、その運用益を財源の柱にできないのかという意見がある。この議論は繰り返されつつも、日本には「寄付文化がない」「寄付税制が整っていない」といった理由づけで終わり、それ以上内容が深まっていないように見受けられる。
しかし、本書の著者は、米国において1980年代前半および90年代に高等教育機関への寄付額(特に個人寄付)が急激に伸びた要因を「寄付文化」だけで説明することは不可能であり、機関要員、経済要因、政策要因が複合していたと指摘している。その上で、数多の先行研究にある「株価(経済要因)と寄付額の相関」にとどまらず、慈善寄付控除制度を仲介とした両者間の因果関係(影響メカニズム)を仮説として提示し、量的分析での検証を試みている。さらに控除制度の中でも、評価性資産に対する公正価値(時価)での課税所得控除および含み益に対するキャピタルゲイン非課税制度に着目している点に独創性がある。
平成30(2018)年度税制改正において、日本の国立大学法人等に対する評価性資産寄付へのみなし譲渡所得税(含み益に対する所得税)の非課税承認要件が緩和され、学校法人についても承認手続きの簡素化の対象に株式が加わった。その目的は、大学に対する個人寄付の促進にあり、著者の研究がこうした制度改正の参考にされたことは想像に難くない。つまり、本書が出版物として結実する以前から、その内容が現実の政策に影響を及ぼしていたものと評者は推察している。
では、本書について章を追って概観してみよう。まず、第1章で示されている研究全体の見取り図は明快で、寄付額の規定要因に関する先行研究も寄付者と受領機関の両面から分かりやすい整理がなされている。続く第2章では、米国の高等教育財政と寄付額の変遷がデータで示され、特に1980~90年代における寄付額の急増と個人寄付の寄付度を確認している。そして、第3章第1節で米国連邦所得税の計算方法および慈善寄付控除制度の概要を評価性資産の寄付控除に焦点を合わせてまとめている。この説を読めば、本書の中心部を理解するための前提知識が要領よく頭に入る。
第3章第2節以降は、1960年代からの歴史的記述が約100ページにわたり展開されている。寄付財源が規模拡大を続ける米国の高等教育の質保証を支えたことを明らかにし、また評価性資産の慈善寄付控除制度を「高額所得者に対する不公平な優遇」とみなす意見が根強いことを指摘している。そして、控除制度を後退させる改正論議において、高等教育関係者が発した制度養護の意見・発言を、議会議事録、講演録、新聞記事、報告書など膨大な資料から丹念に読み解いており、その努力は特筆に値する。また、大規模有力大学のみならず、小規模大学等からも擁護意見が発せられており、当該控除制度が米国高等教育セクター全体で重視されていることが理解できる。
第4章と第5章は量的分析結果を紹介しており、前者は30年間のマクロデータを使用した時系列分析、後者は31年間の期間データを使用したパネル分析である。著者が着目している評価性資産寄付の課税所得控除については、1987~92年委制度上制約がかかっていたことを説明変数として採用し、株価との交叉項を加えたモデルも検証している。そして、当該控除制度の寄付額への影響を裏づける結果を得ている。また、第5章のパネル分析は機関属性別に実施されており、結果として大学の規模等にかかわらず評価性資産寄付の課税所得控除制度が寄附額に影響していることを示唆している。
本書は、以上の論旨で結論を導いているが、本評を締めくくるにあたり、評者から以下3点の意見を述べさせて頂きたい。
1点目は、寄付目的と募集活動に関する視点である。本書の分析で使用しているCAEのデータは寄付額が目的別に区分されている。元データを確認してみると1980年代と1990年代の寄付額の急増は施設建設等への寄付(Capital Purposes)の伸びを原因としている。これは、全米でCapital Campaigns(施設建設寄付募集活動)が活発に行われ、特に1990年代については、施設のネーミングライツ(Naming Rights)を組み合わせた個人寄付の募集が大々的に展開された事実を背景としている。本書の分析は、評価性資産寄付の課税所得控除制度を制限することが寄付額に負の影響をおよぼす点を実証したが、パネル分析結果の係数をみる限り影響度は小さい。寄付募集活動については、卒業生寄付勧誘率のみを説明変数としているが、もう少し細かく見ることも可能であったように思われる。
2円目は、米国トランプ政権下の税制変更の影響についてである。特に「定額控除(standard deduction)」が2倍となるため、慈善寄附控除が含まれる「項目別控除(itemized deduction)」を納税者が選択しなくなり、寄付額が減少する恐れがある。また、カレッジ・スポーツのチケット購入に関する控除がなくなる点も大学財政への影響が危惧される。著者は、フルブライト研究員として本年から米国で研究を進められると聞いている。こうした税制変更の影響について、ぜひ追跡して頂きたい。
最後は、日本の制度に対する示唆である。日本の大学に対する寄付税制は、現行制度でも課税所得控除のほか、税額控除も可能となっている。評価性資産の含み益に関する非課税措置が受けやすくなるなど、さらなる改善も進みつつある。ついては、「大学が安定した寄付収入を確保するために、制度面で対応できる余地がどの程度残されているのか」について、著者の見識をもとに明らかにして頂けると、日本の高等教育の発展に資するものになると思われる。
[東信堂 A5判 304頁 定価3888円]