【文献紹介】山内乾史著『才能教育の国際比較』
(A5・342頁・¥3500+税)
日本比較教育学会 比較教育学研究第59号 2019年
山内乾史(神戸大学)より
本研究は杉本均前会長の下での前期研究委員会による研究成果である。前期研究委員7名、本誌第45号における「各国の才能教育事情」に執筆した者6名と、さらに才能教育に精通した者1名の総勢14名で執筆した。国際比較とはいえ、日本を含め10か国を取り上げたにすぎず、論点に関してもまだまだ課題を残してはいる。しかし、才能教育の国際比較はここ10年程本格的に行われておらず、しかもこの10年にグローバル化の進展に伴い、教育の世界に大きな変化があったことを考えると、今後の研究のために足場になるものと考える。
本書の中心は、自由主義諸国と、社会主義諸国ないしはそれを過去に経験した諸国を含む10か国を比較することによって、才能教育が行われるのは個人の「自分の能力に合った教育を選択する自由」を尊重するが故なのか、それとも才能は個人に属すると同時に社会発展のために開発されるべき貴重な社会的資源として注目される故なのか、を検討する点にある。本書の諸章で論じられているように、才能教育は多くの社会的資源の投入を必要とする。しかし、それだけ多くの社会的資源を投入することについて国民に説明責任を果たしえるのか、あるいはそれに見合った成果が国民に還元されるのか、この点を中心に論じた。
近年のグローバル化の流れの中で、国家間競争が激しくなり、各国とも国民一人一人の才能を伸ばすということに、より一層力を入れるようになっている。その端的な表れの一つが才能教育であると考えることができる。才能教育は「秀でた才能を持つ者に対する特別な教育」から「一人一人の能力、バックグラウンドに見合った適切な教育」へと再定義され、変化しているように見える。しかし、その一方で、国家間競争に打ち勝つための戦略として、前者の(古い)意味での「才能教育」が注目を集めていると考えることができるというのである。
要するに、古くから論じられてきた教育政策における「『卓越性』と『平等性』」、あるいは「『効率性』と『公正性』」のバランスを諸国家がどのようにとろうとしているのかを、端的に表すものが才能教育である。冒頭に述べたとおり、本書は、対象国数においても、議論の深まりにおいても不十分ではある。しかし、さらなる議論を展開するための足場になれば幸いである。
なお、補論のエリート教育研究については、とかく才能教育と混同されやすいエリート教育を取り上げることで、両者の間にある論点の違いをはっきりさせるために挿入したものである。読者各位の理解の一助となれば幸いである。