【書評】申 智媛『韓国の現代学校改革研究―1990年代後半の教師たちを中心とした新しい学校づくり―』

【書評】申 智媛『韓国の現代学校改革研究―1990年代後半の教師たちを中心とした新しい学校づくり―』

(A5・328頁・¥4200+税)

日本教育方法学会紀要 第45巻・2019年度(2020年3月)

趙 卿我(愛知教育大学)より

 

 

1.本書の特徴と全体構成

韓国の近代学校制度は、植民地期、軍事政権期を経て、1990年代後の金泳三大統領の「文民政府」が示した「第7次教育課程」(日本の学習指導要領に相当、1997年~2007年)で契機を迎えた。この時期から、学校や教師が主体となる研究や活動が社会的に認められるようになったのである。

 

本書は、1990年代後半から2015年までの韓国の現代学校改革に注目し、教師を中心とした学校改革の具体的な実践例を韓国の社会的な内部構造の文脈から捉えている。本書が問い直そうとしているのは、佐藤学氏により日本の学校教育現場から発信された「学びの共同体」の概念である。その上で、韓国の学校改革の展開を追いながら日本と韓国の教師の取り組みや影響を比較検討し、相通じる点や異なる点を探り、共通の課題を提起している。

 

現在のところ、日本において韓国の現代学校改革はごくわずかしか存在せず、しかも、いずれの先行研究も教育課程改訂を時系列に沿って整理したものや、随時新たに実践される教育カリキュラムや教育政策を紹介するものに留まっている。それらと比較すると本書の特徴は、より現場視点で、具体的に韓国の学校改革の姿を見せてくれることにある。

 

本書は、Ⅰ部からⅤ部の総九章から成る。以下、各部・各章の概要をまとめておく。

 

第Ⅰ部第一章では、1990年代後半以降の韓国における学校改革の動向を追い、日韓の先行研究の検討を行っている。第二章では、本書による研究の課題設定やその理論的な枠組み・調査方法などを紹介している。

 

第Ⅱ部第三章では、韓国の代案教育(オルタナティブ教育)運動を中心とした新しい学校教育の模索(1997年~2009年)として、当時の社会的な背景を読み解きながら、韓国における「学びの共同体」へ向けた学校改革、公立学校における「小さな学校づくり」などの一連の展開について明らかにしている。第四章では、韓国の公立学校における新しい「理想の学校」を取り上げ、その成果・課題、そして教師が抱えている問題点などを検討している。第五章では、韓国における「学びの共同体」が韓国の学校に受容された背景、そして2009年から本格的に行われた「学びの共同体」という概念による学校改革の詳細や限界を指摘している。

 

第3部第六章では、韓国の公教育の内外で新しい教育を求める動きとして実践されている「革新学校」を拠点とした教育改革について述べている。また、革新学校での実践(2009年~2015年)の試みを取り上げ、授業の在り方の変化や教師の専門性などを中心に据えた課題を提起している。

 

第Ⅳ部第七章では、「革新学校」以降の「学びの共同体」の実現を目指した学校改革(2010年~2015年)に焦点を当てて、「革新学校」における校長及び教師は、日々の学校改革の中で具体的にどのような困難に直面しているのかなどを調査・分析している。第八章では、「学び合い」を中心に据えた教師の葛藤や混乱など、教師の経験を具体的に紹介し、整理・分析している。

 

第Ⅴ部第九章では、本書における総括と今後の課題を示している。

 

 

2.日本における韓国の現代学校改革研究の意義と課題

日本と韓国の場合、民主化への歴史や政治的・文化的背景の差はあるものの、国家が主導する教育改革の影響は両国ともに大きい。そうした教育が国家的な課題とされる中、学校改革の挑戦において教師が如何なる葛藤や困難、そして可能性に直面しているのかを認識することは、現在、改めて両国における重要な研究課題であると考えられる。

 

本書は、日本と韓国で進められている学校と教師による主体的な学校改革の実践例を参照し合うことを通じて、学校改革の今後の課題に示唆を与えている。教育現場の教師の声が反映された学校改革の事例の調査・分析を通じて、学校改革の実態を明らかにしていくことは、教育学の共通課題として注目する必要がある。特に、本書で中心的に検討されている「学びの共同体」の研究は、大学研究チームや関心を持った研究者と教師の集まりから始まったものであり、こうした根源的な概念に対して、主体的かつ持続的に研究する姿勢が学校改革の支えとなることは明らかである。例えば、研究を実践・推進した初等学校(小学校)では、約2年間の「学びの共同体」の実践を通して、韓国で根強く存在し、また懸念されていた「勉強と競争」から「学びとケア」が中心となる授業、つまり子供同士のつながりが深まる授業への転換を齎した。当初、研究チームから提案された「学びとケアの学校共同体づくり」という教育哲学や授業観は、授業は教師が主導しなければならないという従来の考え方を持つ韓国教師にとって、なかなか受け入れ難いものであったと考えられる。しかし、7次教育課程が自己主導的な学習や共同学習などを強調していることもあり、多くの教師は、教師主導の授業から子供を中心とする具体的な活動に関心を高めるようになっていった。

 

日本の公教育のモデルとしての「学びの共同体」の理論・実践が韓国の教師の支持を得ながら広がり、その影響を受けた教師の実践の中では、どの子供の意見にも耳を傾けようとする意識や姿勢が生まれ、子供と一緒に創る授業へと変えていく意識転換が見られた。このような意識転換は、両国で定着するにはいまだ多くの課題を残している。しかし、教育現場ひいては学校改革において、重要な意味を持つはずである。

 

現在の様々な教育現場において、両国で豊かに進化しつつある新たな教育論の方向性や展開について、深く考察し、その新たな知見と課題を認識・共有し、教育実践に活かすことは、今こそ求められているといえるだろう。

 

しかしながら、本書は、教師を中心とした「学びの共同体」が韓国の学校に受容された背景や展開、そして限界を詳らかにしている一方で、学びの主体である子どもに関しては十分な検討を行っていない。子どもの学びのプロセスの変化や問題点、それらの改善に向けた学習の方向づけなどに着目した分析も望まれる。「学びの共同体」を実践することによる子供の学習の積極的な動機付けや持続的な学習意欲など、つまり学びのコンフリクトが生じ得るのかについても、今後の研究課題として関心を寄せる必要があるのではないか。

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