『大学教授職の国際比較―世界・アジア・日本』
『現代高等教育』No.624/2020年10月号
岩田弘三 より(武蔵野大学人間科学部 教授)
本書の編著者は、十数か国にわたる国・地域を対象とし、1992年と2007年の2度にわたって行われた、大学教授職に関する国際比較調査に日本代表として参加してきた。そしてその成果として、日本語のものとしては、これまでに以下に示す4冊の編著本を出版してきた。①有本章・江原武一〈編著〉『大学教授職の国際比較』1996年、②有本章〈編著〉『変貌する日本の大学教授職』2008年、③有本章〈編著〉『変貌する世界の大学教授職』2008年、④有本章『大学教育再生とは何か』2016年(いずれも、玉川大学出版部)。その他、⑤共編のThe Changing Academy– The Changing Academic Profession in International Comparative Perspectiveシリーズ(Springer, 2009)もある。
本書は、そのような実績をもつ、この分野での日本における第一人者を編著者とする、日本語では5冊目の著書である。①~④の著書は、編者の言葉を借りれば、「質問紙調査で得られるデータに即して体系的に」、大学教授職(アカデミック・プロフェッション)のあり方に関する「世界モデルやシステム・モデルの構築」を目的としたものであった(本書P.14)。つまり大学教授職のあり方は、世界的視点でみた場合に、どのような類型に区別できるのか、そして歴史的趨勢としては、どこに向かおうとしているのか、といった点を主要関心とするものであった。しかし、世界的視点を離れて個別の国に焦点を当てれば、同じ類型に分類される国でも、各国のシステムには当然、「共通性」を超えるほど大きな、その国固有の「異質性」が観察される。
そこで歴史的な経緯を含めて各国の制度を、文献・訪問調査で調査するのみならず、その内実を、2007年調査および2011年アジア7ヵ国調査の、国際質問紙調査などで明らかにする形で、各国固有のシステムのあり方・実態を描き出すことを目的にしたのが本書である。
序章「研究枠組み」、最終章「全体の総括」を除き、本書は3部構成をとる。
第1部「大学教授職の現在」では、大学の管理運営方式に関して世界的視点から考察がなされている第1章を例外として、第2~6章では、米、英、仏、独といった欧米4ヵ国について、文献調査などをもとに、職階、地位・身分、必要資格、給与体系などの制度的な面を中心として、各国固有の大学教授職の現状が近年の変化動向を含めて解説されている。
第2部「アジアの大学教授職」は、大学教授職の現状について(1)第1部と同様、文献・公式統計調査などをもとにした章(第8章の韓国、第9章のベトナム)と、(2)国際質問紙調査をもとにした章(第7章の中国、第10章のカンボジア、第9章の一部、および2011年調査をもとに国際化問題の比較を行った第11章)に大別できる。
第3部「日本の大学教授職」では、ジェンダー、教育・研究活動などの視点から日本の大学教授職の問題を、主に最新の2011年調査を用いて明らかにしている。
このように本書は大学教授職について、欧米・アジア各国に関する、①制度・歴史からみた場合の状況、②大学教授職の意識からみた場合の状況、③日本の状況を3本柱とする、欲張った内容で成り立っている。しかも、どの章でも多岐にわたる問題が詳細に記述されている。第1・2部と第3部とに分冊するか、もしくは第2部の(1)を第1部に(2)を第3部に合体する形で分冊するかは別として、2巻本としての出版が適当とさえ思えるほどである。俗な表現で恐縮だが、「1粒で2度おいしい」著書になっている。
ただし、第1部および第2部の総括、およびそれらと第3部とを関連付ける総括が、最終章を含めてどこでもなされていない点は気になる。執筆者の自由裁量を最大限尊重するという編者の大らかさが出すぎたゆえか、本書全体の中での各章のつながりがよく見えてこない印象をもつのは評者だけだろうか。各国固有の「異質性」を総括することは難題である。だとしても、日本におけるこの分野での第一人者である編著者の手になる著書ゆえ、そこまでの期待に応えてほしかった。
さらに、2巻本の内容を1冊の本に集約するために各執筆者に課せられたページ数制約が強すぎたためか、丁寧に説明を加えてほしかったところが散見される。たとえば、(a)第12章では、日本のジェンダー問題を検討するにあたって、なぜマレーシアだけとの比較になっているのか。同様に、第7・9章については、第11章・14章のようにアジア諸国との比較を行わず日本だけとの比較になっているのか、その理由が割愛されている。(b)第2章の「教育講師」や、第9章の「第三教育機関」などといった耳慣れない用語については、説明までは省くにしろ、少なくとも英語名は併記してほしかった。
また、(c)第4章「カレッジ制」という用語も、これからこの分野を学ぼうとする大学院生などのためには、説明があった方が親切だと思われる。つまり、高等教育についてある程度の知識をもった人でないと、本書はやや難解である。
だとしても、制度的にみた場合の大学教授職の世界各国の国別状況を知りたい人、国際質問紙調査をもとにした各国の大学教授職の意識のあり方に興味のある人、大学教授職の意識などからみえてくる日本の課題を確認したい人などにとって、その期待に本書は十分応えてくれる有益な内容をもつ研究書といえることだけは確かである。