『ブラジルの校長直接選挙―教職員と保護者と児童生徒みんなで校長を選ぶことの意味 』
(A5、191頁、3200+税)
ラテンアメリカ・レポート Vol. 37, No. 2, 2021 より
ブラジルでは代表民主主義の機能を補完するため、市民が地域社会の意思決定に直接参加する参加型制度の構築が進んでいる。その縮図ともいえるのが、ブラジルの公教育の現場で教職員、保護者、児童生徒による直接選挙で校長を選出する校長直接選挙である。校長直接選挙は、学校教育への政治介入を排除し、学校における民主主義を確立するものとして、ブラジルでは教育者パウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』代表される教育思想・実践に影響を受けて誕生した。しかしブラジルでは、校長直接選挙により校長として適切な人材を選出できているのか。そして、なぜこの制度を用いて校長を採用しているのか。本書の目的は、ブラジルの校長直接選挙による校長採用制度の機能と実態を解明することである。
本書の問いに答えるため、第1章でブラジルにおける校長像を検討し、第2章で諸外国の校長採用制度および同制度に当事者たちが参加する論理を考察している。ブラジルの校長採用制度の特殊性は、①直接選挙制が用いられる点、②児童生徒たちが参加している点、③行政の専門的指導性が不在に見える点にある。これら3つの特殊性に関して、第3章と第4章では、校長直接選挙の歴史的背景と制度内容を検討し、第5章と第6章では、ブラジルのパラナ州とパラー州における校長直接選挙の実践から、その機能を考察している。とくに本書が解明した校長直接選挙の機能は、学校関係者と校長に採用される者の双方にとって不本意な校長就任を防ぐこと、学校関係者全体から信頼され、校長に就任してもよいと思う人材を開拓・選出すること、地域社会の教育ニーズを政治と行政へ反映する人材を抽出することに加えて、社会・経済・教育水準の低い地域でも、地域社会で少ない高学歴者を校長に選出することである。
本書は2018年の博士論文を加筆修正して出版したものである。世界的な教育学の視点からすれば奇異に捉えられる校長直接選挙は、ブラジル社会で民主的な制度として市民権を得ている。校長直接選挙は、複数の問題もあるが、保護者と児童生徒を教育に関する意思決定の主体者ととらえて当事者意識を高める点、その意識形成が選出された校長の業務遂行・学校運営に有効に利くなど、当事者が民主主義の大切さを学校運営のなかで体得する機会を付与している。批判を受け止めて自らを修正する民主主義の真価が、教育に携わる政策決定者や教育現場に求められるなかで、時宜を得た一冊である。
舛方周一郎(ますかた・しゅういちろう /東京外国語大学)