『塾-私的補習ルールの国際比較』
(A5、184頁、2000円+税)
田中光晴(文部科学省)より
本書は、2014年にユネスコと香港大学比較教育センター(CERC)から共同出版された“Regulating Private Tutoring for Public Good: Policy Options for Supplementary Education in Asia” の日本語訳である。第一著者であるブレイの私的補習教育に関する著書の邦訳は2冊目(1冊目は、鈴木慎一訳『塾・受験指導の国際比較』東信堂)になる。本書は、正規の学校教育外で、主要な教科を対象とした有償の私的補習が行われているアジア29カ国・地域での実態を明らかにすることを通して、Public Goodのあり方を模索するというものである。本書ではとりわけ、私的補習に対する政府の規制(監督の必要性、規約やルールの作成、自主規制や行動規範など、本書ではさまざまなニュアンスをもつ)に焦点を当てていることが特徴的である。学校外の私的補習について、社会的校正や教育における公共性の追求という観点から、誰のために(第2章)、なぜ(第3章)、どのようなルールや規制を(第4章)、どのように作るのか(第5章)について論じている。結論部(第6章)では、規制や行動指針について検討する際、国際比較による分析が有効であることが示されている点も興味深い。グローバル化の強い影響下では、政府は自国の領土に注意を払うだけではなく、国境を超えた力にも影響されうるからである。
本書で描かれるアジア29カ国・地域の私的補習の様相は、日本のそれとは異なっているため、違和感を覚える事例も少なくない。それを補完する意味で訳書に加えたのが、訳者解説として付された「日本の学習塾の今日的状況と検討課題」である。原著の比較教育学としての知見を日本の文脈で如何に捉えなおすかという点において重要な役割を果たすとともに、本書から6年が経った現在において、原著で描かれた日本の状況とは異なる様相を呈する「その後」についても述べられている。マーク・ブレイが訳書の刊行に寄せているように日本では官民を含む多様なステークホルダー間における議論や協働が見られるようになった。だからこそ新たな問題も生じているのであり、今こそこの領域についての議論が必要であると考える。余談になるが、本書のもう1つのタイトル案は、「塾についてみんなで考えよう」であった。結果的に今のタイトルに落ち着いたわけだが、訳者らの思いは、公的な教育(いわゆる一条校)のみならず、その他の様々な教育の場を含めた議論をすべき時が来ているのではないかという点にある。本書をきっかけに公的セクターを含む教育のあり方について改めて議論。研究が深まることを願う。