【書評】 寺崎 昌男 ・ 立教学院職員研究会 編箸『21世紀の大学:職員の希望とリテラシー』〈編著者からの紹介〉
IDE 現代の高等教育 No.591 p.68 より
大学教育を語り、自校史をひもとく―小さな「SD」の記録―
『21世紀の大学:職員の希望とリテラシー』(2016年12月刊、318頁)を紹介したい。とはいえ、本をつくるつもりで活動していたわけではなかった。無心に共同の勉強を続けた末、誰言うとなく「本にできないだろうか」という話になった。それなら参加者のコメントを付けたらどうか、座談会もあったほうがいいのではなどと話し合った末、幸いにも出版に至ったのだった。
このささやかな「SD活動」に参加したのは、最長年でも30歳台半ば、若い方ほうでは20歳台前半の、筆者から見れば「極めて若い」メンバーたち十数人である。しかし日本の大学が少子化の危機の直面するころ各大学の浮沈を担うのは、まさにこの年代の職員たちである。その人たちと交流を持つことができたのは、貴重極まる体験であった。
「先生に立教の歴史について話していただきたいのです」と数人が立教学院内の研究室を訪ねてきたのが2014年の春先だった。ある学部の助教の人も加わっていた。立教学院本部調査役を勤めていた筆者は、毎年、人事課から新任職員研修会の立教学院史の講義を頼まれていた。これもその一種だと軽く考えて、引き受けた。ビラ一枚出るわけでなく、夕刻1時間半程度と頼まれた講義・質疑からなるゼミ風の集まりだった。
ところが1回では終わらない。立教が私塾として生まれてから150年近くなる。その歴史を振り返るには2回はかかる。「残りは今度また話させてよ」と言ったのが、考えれば出版への第一歩だった。毎回10数人~20人程度の男女職員の人たちを相手に、話題は次々に広がっていった。熱心な表情を見ているうちに、過去だけではなく現在立教がどういう課題に直面しているか、立教を含む日本の大学はどうなのかといったことを話さないわけにはいかなくなった。
公演は6回続けた。第Ⅰ講「大学職員にどのようなリテラシーと能力が求められているか」は、中教審答申による職員の位置づけに触れたのち、持論である「職員のリテラシー」に関して詳しく述べた。第Ⅱ講「『大衆化』の響きを前に―高まる大学志願率、紛争、そして大学設置基準の大綱化」では、1970年代から90年代初めの大学の大衆化動向を概説し、特に立教は、紛争、大衆化動向、大綱化に対していかに対応してきたかを、他大学と比較しながら詳しく語った。第Ⅲ講「『学問環境』の変化の中でリベラル・アーツを考える」は、著しく進行している学部・学科の細分化と多様化の中で教養として求められているのは何か、という視点から「リベラル・アーツの現代化」というテーマを説き、立教が1900年代末から実施した「全学共通カリキュラム」創設運動の大学教育史的意義を論じた。第Ⅳ講「求められている新しい学力と大学教育の課題」は、グローバル化、生涯学習化の現在、立教が負うべき課題は何か、また大学院教育にはどういう課題があるかを説いた。最後に第Ⅴ・Ⅵ講では戦前の大きなトピックとして、明治期の「訓令12号」への対応、戦時下の文部省と軍部への妥協と協力、戦後のトピックとして、占領下に直面させられた「ミッション」の再確認の実態を、占領軍文書を講読しながら確認することを行った。
講義記録だけでは職員の姿は見えない。そこでつけたのが「コメント」と座談会である。
コメントは、1講ごとに2人ずつ、聴講者の中から推薦された人たちが寄稿した。計12名が講義の中に好みのポイントについて、端的に意見を述べてくれている。「同じ話を聞いても腑に落ちる所と疑問の箇所はそれぞれ違うのだな」とあらためて気付かされた。学部・学科の改称や変化を「変化する学問環境」として指摘した第Ⅲ講には、「『学問環境』という言葉自体新知識だった」と感動した人がいる。第Ⅳ講に示唆されて、「立教では『学生とともに』という意識のもとに事務活動が行われてきたのだと再認識した」と打ち明けた人もいる。座談会には5名の職員と筆者、それに副学長の原田久法学部教授も参加され、時間を忘れて話し合いが続いた。特に知識論に傾斜しがちな「リテラシー論」に対して、「何事かを実行するには周囲を説得することが不可欠であり、そのためにどのような合意形成能力、コミュニケーション力が必要か」と若々しい話題を提供した新任の職員もいた。
2つの感想を記しておこう。第一に、義務化されたSD活動の基礎に今後はもっとはっきりと置かれるべきは、「ボトムアップ」の学習活動ではあるまいか。それなくしては、「自発的な研修」という形容矛盾になりがちの活動だけがまかり通ることになる。
第二に、職員の学習のためには、教員が直面している教育上の問題を提示することは決してできない。既に義務教育化されているFD活動と今回義務化されたSD活動とを切り離して行うことは、賢い方法ではない。教員の問題を考えることも職員の問題を論議することも、活気ある大学をつくっていくという共通の目的を担うことだからである。
(立教大学・東京大学 名誉教授)
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