【書評】 日本教育制度学会編『現代教育制度改革への提言 上・下』
「教育学研究」第81巻 第3号 図書紹介より (2014年9月30日)
現代の教育制度改革は様々な文脈や視点から論じているものの、戦後の教育制度の原則であった機会均等・平等主義的な教育理念は、今や根底から覆される危機に直面している。こうした危機的状況下における教育制度研究の難しさは、「戦後レジュームからの脱却」を掲げる政権下において、制度的疲労を引き起こしている教育制度を根底から改革するのか、それとも戦後の教育理念を守るべきかという現実的な判断が求められている点ではなかろうか。日本教育制度学会が総力を挙げて刊行した本書も、こうした日本の教育制度改革の危機感を背景にして、未来に向けた制度改革のあり様を提言した内容になっている。
本書は、1993年11月27日に開催された日本教育制度学会第1回創立大会(清泉女子大学)から数えて20年目にあたる2013年に「日本教育制度学会20周年記念出版」として刊行されたものである。上下巻の本文担当者が27名、コラム担当者が14名、それに序章を担当した学会長桑原敏明を加えた総勢42名で執筆されている。本書刊行の意図は、タイトル『現代教育制度改革への提言』が示すように、新たな教育制度改革の設計に役立つべく編集されたものである。本書を通底する教育制度改革理念とは、序章「教育制度学のすすめ」に示されているように「万人の学習権を保証する」(8頁)ことである。
本書は、上下巻の2冊、全9章で構成されている。上巻は第1章から第4章までであり、胎児期・幼児期の教育制度から後期中等教育制度までが学校段階別に区分され、それぞれの現状と課題が述べられている。下巻は、第5章から第9章までであり、高等教育、教員、専門教育・生涯教育、看護・福祉教育、教育経営・行政などの領域別の制度的内容が論じられている。内容構成は特に目新しさはないものの、
「学校運営協議会」「若年層移行困難層」「対保護者トラブル」など新たな分野の開拓も見られる。
各章の概要を紹介すれば、上巻の第1章「教育制度の諸原理」は戦後教育学の中心的論点であった「教育権論」の歴史を概観しつつ、政治の権力性・抑圧性を問うことからサービス機能重視への転換が提言される。具体的には、教育サービス機関として政府・企業・NPO・NGO・住民などによる開放的で有機的なネットワーク型のガバナンスの構築である。また「6・3・3」制の見直し議論が平等・機会均等・民主主義の実現を目指すものか、それとも新自由主義的な能力主義・競争主義・管理主義的教育制度の構築を目指すものかを注視すべきであるとする。第2章「初期教育制度」は、胎児・乳児・児童期を対象に、子どもの人権保障の観点から問題提起が行われている。第3章「義務教育制度」は、学校評価制度、小中一貫教育学校に代表される学校間連携・接続、学校運営協議会などの現状と課題が論じられている。第4章「後期中等教育制度」は、最若年層移行困難層(高等学校を離学した1年以内のもので、未就職者・離職者など)、中高一貫教育、キャリア教育などの高校教育改革、学習評価と学力向上などの現状と課題が論じられている。
下巻の第5章「高等教育の革新と質保障」は、大学における単位制度、学習評価制度、学習支援のあり方に関する改革提言が行われている。第6章「教員制度」は、教員評価の課題、モンスター・ペアレントに代表される対保護者トラブルへの支援体制の課題が論じられている。第7章「専門教育・生涯教育制度」は、公立の公共図書館における高度化と市民協働、生涯教育施設と生涯学習社会のあり方の再検討が論じられている。第8章「看護教育・福祉教育制度」は、教育内容・資格制度・WHOにおける「健康権」の内容と影響などが取り上げられている。第9章「教育経営・行政制度」はスクール・コンプライアンス、現代資本首主義国家における教育行政の現状と課題、学校支援制度が論じられている。
本書の特徴は、提言内容が執筆者個人に任せられているとはいえ、確証に共通する課題として新自由主義的教育改革の実態と課題、子どもの権利保障、教育保障の意味と内実、教育経営のガバナンスの変容など、全体に共通するテーマも論じられている。現代の教育制度の諸問題や進むべき改革の方向性を検討する上で必読の書である。読者の興味・関心のある章から重点的に読むことのできる内容構成ともなっている。問題点を指摘すれば、各章で内包的な重複が解消されていないこと、教育改革に対する市筆者のスタンスの違いによる内容的な差異が見られることである。しかしながら、そうした違いこそが、冒頭でも述べた現代の教育制度改革の難しさを象徴していると言えよう。本書が、現在の教育制度改革の最前線を論じていることは疑いない。一読を進めたい。
(日本大学 北野秋男)
【東信堂刊 本体価格各2,800円】